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題名 投稿者 日時
 » スパイ物語 khirota 2008-4-2 23:23
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投稿者 スレッド
khirota
投稿日時: 2008-4-2 23:23
管理人
登録日: 2006-8-18
居住地:
投稿: 77
オンライン
スパイ物語
 事実と意見という区別があります。ウィキペディアの表現(「信頼できる情報源」の項)ですが、簡単にいうと第三者に認められたものが事実であり、そうでないものが意見ということです。英語だとfactとopinionです。ウィキペディアは、名前のとおり百科事典なので、意見を表明する場ではありません。広く認められたこと、事実、を解説する場ですから、意見を排除するのは当然です。たとえノーベル賞を受賞したヒトの言うことであっても、意見は排除する、ということは、それが間違いであるとか価値がないということを意味しないと明記しています。

 ここで書いておこうと思っているのは、事実と意見という区別は一般に認められているが、実際には事実は意見の一部でしかないのではないか、ということです。これは最初からわかっていたはずのことではあります。権威や同僚の意見よりも論文を優先するという態度。態度決定というのは価値判断を含みます。これを価値判断だと思わずに、正統な科学的判断だと思うこと自体が価値判断(正統ってなに?)なのですから。

 理由は知らず、なぜかその価値判断は隠蔽されているように見えます。単なる価値判断であるのは明白なのですが。

 ちなみに、ウィキペディアの文章は、英語版からの翻訳でしたが、その原文は2006年8月のもので、現在はまったく異なるものになっています。見出し構造が全く変化しているので、どこかに事実と意見の対比は書かれているのかもしれませんが、見つけられませんでした。それが事実と意見がかならずしも対立する概念ではないという認識に由来するのかどうかはわかりません。
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